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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)62号 判決 1972年10月24日

原告 大野達雄 外一名

被告 株式会社日東反応機製作所

主文

原告両名の請求を棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告両名訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四四年四月一〇日、同庁昭和四一年審判第七、九一三号事件についてした審決は取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

原告両名訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり、述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告両名は、昭和三二年一二月三一日出願、昭和三五年一〇月五日登録の特許第二六六、三一九号「密閉攪拌装置」の特許権の特許権者であるが、被告は、昭和四一年一〇月二九日、前記特許権につき特許無効の審判を請求し、昭和四一年審判第七、九一三号事件として審理された結果、昭和四四年四月一〇日、「本件特許を無効とする。」旨の審決があり、その騰本は同年五月二〇日原告両名に送達された。

二  本件特許発明の特許請求の範囲の記載

管内を密閉槽内と連通させて槽壁に装着した密閉套管を軸として自由に回転することができ、且径方向に磁極をそなえた磁石を内蔵するプーレーを回転させるとき、該磁石の磁力により該プーレーに随伴して回転する永久磁石を前記套管内にそなえ、該永久磁石の回転力を槽内の攪拌翼に伝達するようにしていることを特徴とする密閉攪拌装置(別紙第一参照)。

三  本件審決理由の要点

本件特許発明の要旨は前項の特許請求の範囲の記載のとおりであるところ、米国特許第二、七一一、三〇六号明細書(以下、「引用例」という、別紙第二参照)には、密閉容器内と連通され、その頸壁部に装着した密閉套管の上部外周に廻転駆動軸に取付けられた径方向に磁極を有するAlnico(Fe、Al、NiCo、合金の永久磁石鋼)製の磁石を設け、上記密閉套管内に、上記廻転自在の磁石の磁力により廻転されるAlnico製磁石を上部に有する軸を設け、その軸の下部に上記密閉容器内に位置する攪拌翼を具えた察閉型磁気攪拌装置が記載されている。そして、両者を比較検討すると、本件特許発明では密閉槽外の磁石が密閉套管を軸として廻転するプーレーに内蔵されているのに対し、引用例記載のものは密閉容器(本件特許発明の密閉槽に相当する。)外の磁石が密閉套管のまわりを廻転するように駆動軸に結合されている点で相違しているが、その他の点で、両者はその構成が一致している。ところで、右相違点についてみるのに、本件特許発明の明細書中の「発明の詳細なる説明」の項における「プーレーはベルト掛けによるほかモーター直結とすることも妨げない」との記載および引用例記載のものにおいて磁石の駆動軸はその廻転状態より明らかに密閉套管と同一軸線上にあることからみて、磁石の廻転機構として、本件特許発明のように密閉套管を軸とするプーレーを使用するか、引用例記載のもののように磁石と結合した駆動軸にするかは必要に応じて適宜選択することのできる単純な設計変更にすぎず、上記相違点に発明の存在を認めることはできない。そして、引用例は、本件特許出願前の昭和三一年二月二二日特許庁資料館に受け入れられている。したがつて、本件特許発明は、引用例に記載された技術内容からその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に推考することができる程度のものであつて、本件特許は、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の規定に違反して与えられたものであり、同法第五七条第一項第一号の規定により無効とすべきである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件特許発明の特許請求の範囲の記載、引用例の記載、本件特許発明と引用例との構成上の相違点および一致点(ただし、後記の磁石の積層の関係を除く。)、本件特許発明の明細書中「発明の詳細なる説明」の項に、「プーレーはベルト掛けによるほかモーター直結とすることも妨げない」という記載のあることならびに引用例のものにおいて、磁石の駆動軸はその廻転状態より明らかに密閉套管と同一軸線にあることについての審決の認定はいずれも争わないが、審決は次の理由により違法として取り消されるべきである。

(一)  本件の審判請求は、必要的共同審判の規定に違反し、補正しえないもので、不適法として却下されるべきであつたにもかかわらず、請求人(被告)に被請求人の氏名を補正させたうえ、審判請求の当否について判断をした審決は違法であり、取消をまぬがれない。

1 共有にかかる特許権について特許権者に対し審判を請求するときは、その共有者の全員を被請求人として請求しなければならないものとされている(特許法第一三二条第二項参照)。すなわち、この種の審判は固有必要的共同審判に該当する。したがつて、共有者の一部のみを被請求人として申し立てた請求は、補正し得ない欠缺があるとして、特許法第一三五条の規定により、不適法として、却下されるべきである。けだし、特許無効審判では、特許原簿を基礎としてその特許査定の当否を審理判断する手続の画一安定性を期すべきであつて、当事者の確定は、審判請求書の表示に従つて決せられるべきであるからである。

そして、被請求人たる共有者についてその一部の者の氏名を脱漏した場合において、その脱漏した一部の者の氏名を被請求人として追加することは、単なる誤記として補正されるべき事項に該当せず、いわゆる当事者の追加的変更であつて、民事訴訟における講学上の「任意的当事者の変更」に該当するものとしてこれを許すことはできないと解すべきである。

2 さらに、審判請求書においては、当事者の記載は、その要旨である(特許法第一三一条第一、二項参照)から、これを審判手続の係属中に訂正することは審判請求書の要旨変更にあたる。そして、固有必要的共同審判において、特許原簿上の共有者の被請求人の氏名を脱落したときに、その追加変更をすることは、いわゆる主体の変更として、審判請求書の要旨を変更する補正というほかはない。

3 ところで、本件特許発明は原告両名の共有にかかり、昭和四一年九月一二日にその旨登録されていたのにかかわらず、被告は、昭和四一年一〇月三一日、共有者の原告大野達雄だけを被請求人として、本件特許権について登録無効の審判を請求したところ、本件の審判事件の審判長は昭和四二年一月九日被告に対し共有者大野幸子の記載がない点について釈明されたい旨の尋問書を提出し、被告は同年二月二〇日共有者大野幸子を記載もれにしたまま本件審判請求をした旨の釈明書を提出するとともに同日右記載もれを理由として本件審判請求書中被請求人として(原告)大野幸子一名を加える旨の審判補正書を提出した。特許庁は、この補正書にもとづいて審判請求書の被請求人の氏名を(原告)大野達雄と(原告)大野幸子と表示して大野幸子の氏名を補充したうえ、右両名それぞれに審判請求書副本を昭和四三年三月一九日に送達したものである。

4 しかしながら、かかる被請求人の氏名の追加が許容されえないことは、前述したとおりであつて、結局、本件審判請求は補正し得ない不適法なものとして却下されるべきであつたにもかかわらず、これと異なる見解に立つて、進められた本件審決は、その審判手続に違法があり、取り消されるべきである。

(二)  本件特許発明は、駆動磁石および被駆動磁石を積層構造とすることを要件とするものであるにもかかわらず、本件審決は、この点についての認定を誤り、ひいて引用例との比較、対照において誤りをおかした結果、本件特許発明が引用例から容易に推考することができると誤認したもので、違法である。

1 本件特許発明は、密閉套管を軸受とし、径方向に磁極を有する永久磁石(駆動磁石)を積層し、その磁界内に同様に径方向に磁極を有する永久磁石(被駆動磁石)を積層することを構成要件の一としている。そのことは、本件特許発明の「特許請求の範囲」の項における「径方向に磁極をそなえた磁石」との記載、本件特許発明の「発明の詳細なる説明」の項の記載、とくに「該プーレーは径方向に磁極6、7、8、9をそなえる永久磁石10、11を外筒12中に装着したものである」(公報一ページ右欄三行から五行)、「密閉套管3内には、同じく径方向に磁極13、14をそなえる翼形の永久磁石を15挿設し」(同五行、六行)および「プーレー内蔵の磁石および密閉套管内の磁石の極数および個数は随伴回転することができる限り任意である。」(同一三行から一五行)との各記載および本件特許発明の出願時において小形磁石を積み重ねて機体に応じた長さとして使用する技術思想がすでに開発されていた事実から明らかである。

そして、本件特許発明は、駆動磁石および被駆動磁石を叙上のように構成し、棒磁石の同極を並列に積み重ねることにより、その両端から発生する磁界の範囲を拡張し、強力な磁力を確保することができ、その結果として高速廻転による強力な攪拌力をうることができるようにしたものである。

3 これに対し、引用例の磁石は、引用例に記載されているとおり、「複数の輪をなして配置された磁極」(甲第三号証)2欄五三、五四行。訳文五ページ末尾から二行参照)であるから、その形状からみて両端のみに磁極が限定され、かつ、単一体で形成されている。本件特許発明のように駆動磁石および被駆動磁石を積層にすることは不可能であり、これを示唆するものでもない。

(三)  本件特許発明においては密閉槽外の磁石が密閉套管を軸として回転するプーレーに内蔵されているのに対し、引用例のものは密閉容器外の磁石が密閉套管のまわりを回転するように駆動軸に結合されている点で相違しており、本件特許発明は叙上の構造をとつたことにより、攪拌力の点において引用例に比し格段の作用効果を奏するものであるにかかわらず、本件審決が右相違およびこれに基づく作用効果を看過して本件特許発明の進歩性を否定したのは違法である。

1 本件特許発明においては、密閉套管外の磁石が密閉套管を軸として回転するプーレーに内蔵される構成となつている。詳言すれば、密閉套管3は、回転する駆動磁石10、11をプーレー4の中間によつて(プーレーをピボツト5によつて冠装するようにして)垂直にささえる軸受の役目をし、さらに、随伴する被駆動磁石15の回転軸17もグランド16、スラストベヤリング18によつて支持されている。

そして、本件特許発明は、叙上のような構成を採用することにより、高速度回転をさせても動揺、振動、荷重等による障害の生ずることを抑制し、駆動磁石をして高速度回転の伝達を可能とし、攪拌翼の回転数を最高毎分二〇〇〇回転程度まであげうるようにして、反応槽内容物に強力な攪拌力を与えるという、後述引用例では達成することのできない格段に顕著な作用効果をあげることができるようにしたものである。

2 これに対し、引用例においては、審決も認定しているとおり、密閉容器(本件特許発明における密閉槽に相当する。)外の磁石が密閉套管のまわりを回転するように駆動軸に結合されているに過ぎない。換言すれば、引用例では、本件特許発明の密閉套管に相当するハウジング20、20×は被駆動磁石22、22×を収容する単なる箱形の役目を果たすものに過ぎず、密閉套管20と駆動磁石36×および被駆動磁石22の回転軸または密閉套管20と駆動磁石36×および被駆動磁石22×の回転軸とが接触状態を有していないところからみても、引用例のハウジング20、20×は軸受としての機械的機能を有するものとは認められない。また、ハウジングに軸受としての機能を果たさせることについて何ら示唆するところもない。

(四)  引用例は化学実験用攪拌装置に関するものであるのに対し、本件特許発明は製造化学工業用オートクレーブ(高圧化学反応装置)などの攪拌装置に関するものであつて、両者の間に著しい相違があるのにかかわらず、これを看過して、本件特許発明が引用例から容易に推考しうるものであるとした審決は、違法である。

1 そもそも、攪拌装置を用途によつて分類すると、化学実験用攪拌装置と製造化学工業用攪拌装置とがある。このうち、前者は、小型で、粘度のある溶液の攪拌や摂氏一〇〇度以上の加熱を要する場合には適せず、試薬試験溶液類の低粘性のものを対象としているので、弱小な攪拌力でその目的を達しうるものである。これに対し、後者は、高粘度の液体を対象とするため強大な攪拌力を要求される。

2 ところで、引用例は、攪拌の行なわれる密閉容器を、反応溶器として広く用いられているガラス器具である「フラスコ」と表現し(甲第三号証一ページ1欄一九行、同五八行、2欄一行、同一〇行、同三三行、二ページ3欄一九行、同二二行、訳文一ページ一三行、三ページ四行、同一四、一五行、同一八行、五ページ一行、七ページ九行から一三行まで参照)、また、引用例の問題解決の課題に関し、「以前の提案は実験室内における操作を行う時にたやすく組みたてたり分解したりすることができない一つの複雑な不便な使いにくい装置を含んでいる。」(甲第三号証一ページ1欄五〇行から五三行まで。訳文二ページ一六行から一八行まで)、気密の仕方に関し、数字10はガラス又は適当な材料でつくられている一つの取り付け部材」(甲第三号証一ページ2欄二四行から二六行まで。訳文四ページ一三、一四行参照)と記載し、さらに、「ストツパは普通には研磨されたガラスのストツパと組み合わされて」(甲第三号証一ページ2欄三四行から三六行まで。訳文五ページ三行参照)とのべている。これらの記載からみると、引用例は化学実験用磁気攪拌装置に関するものであることが明らかで、したがつて、引用例のものにおいては強大な攪拌力や耐圧力は全く要請されない。

3 これに対し、本件特許発明は、「発明の詳細なる説明」の項の記載からも明らかなとおり、製造化学工業用オートクレーブなどの攪拌装置として高粘度の液体をも対象とし、高耐圧力、高速回転力の要求を満足するものである。

4 したがつて、本件特許発明の装置と引用例の装置とは、機能的に全く相違するものである。

第二答弁

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一  原告両名の主張事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の特許請求の範囲の記載および本件審決理由の要点が、いずれも、原告ら主張のとおりであることは、認める。

二  本件審決を取り消すべき事由に関する主張は否認する。詳細は以下のとおりである。

(一)  原告らの四の(一)の主張について

大野幸子に関する補正手続の経緯(右(一)の3)については原告ら主張のとおりである。しかし、本件審判請求において原告大野幸子を被請求人に追加したのは適法であつて、原告ら主張のような違法はない。

(二)  原告らの四の(二)の主張について

本件特許発明が駆動磁石および被駆動磁石を積層に構成することを要件とするものであることは否認する。「径方向に磁極をそなえた」とは文言どおり回転の径方向に磁極をもたせることを意味するにすぎず、必然的に磁石を積層に構成することを意味するものではなく、本件特許発明の明細書にも、このような構成についてのべている箇所はない。のみならず、物理学上、小形の磁石を積み重ねた全体と棒状の磁石とが同大、同長、同形で磁極も同一径方向にあるときは両者の磁力は同一と解されるし、本件特許発明の出願当時小形磁石を積み重ねて機体に応じた長さとして使用することはまだ開発されていなかつたから、これらの点から考えても、原告の主張は失当である。

したがつて、この点につき本件審決に違法はない。

(三)  原告らの四の(三)の主張について

1 本件特許発明は、外周に永久磁石または電磁石を回転させ、その回転内に非磁性体による内套管を設け、その内部に強磁性体を嵌入してこれを外部から間接に回転させ、内部の強磁性体に取り付けた軸端の攪拌翼で密閉槽内の収容物を攪拌することを目的とする。本件特許発明の特許請求の範囲が「管内を密閉槽内と連通させて槽壁に装着した密閉套管を軸として自由に廻転させることができ且径方向に磁極をそなえた磁石を内蔵するプーレーに随伴して廻転する永久磁石を套管内にそなえ、該永久磁石の廻転力を槽内の攪拌翼に伝達するようにしてなることを特徴とする密閉攪拌装置」といつているのはこのことを示している。すなわち、本件特許発明は間接回転を要件としているものである。

2 一方、引用例の構成も本件特許発明の構成と同一で、ただ、本件特許発明においては密閉槽外の永久磁石10、11が密閉套管3を軸として回転するプーレー4に内蔵されているのに対し、引用例においては密閉容器外の駆動磁石36×がこれと結合した駆動軸38×により密閉套管の外周を回転するよう駆動軸に結合されていて、この点で両者は相違するようにみえる。

3 しかしながら、本件特許発明の「発明の詳細なる説明」の項には、「プーレーはベルト掛けによる外モーター直結とすることも妨げない。」と記載されており、かつ、磁石の駆動軸はその回転状態からみて密閉套管と同一線上にすることが常法であるから、磁石の回転機構を、密閉套管を軸とするプーレーにするか、または磁石と結合した駆動軸にするかは、当業者が必要に応じて適宜選択することのできる設計変更に過ぎず、作用効果において原告主張のような格段の相違が生ずるとはいえない。

(四)  原告らの四の(四)の主張について

引用例にいう容器またはフラスコは、本件特許発明にいう密閉槽と、攪拌物を収容する容器であることにおいて同一である。審決には、原告ら主張のような違法はない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の特許請求の範囲の記載および本件審決理由の要点が、いずれも、原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について、検討する。

(一)  原告らの四の(一)の主張について

本件特許はおそくとも、昭和四一年九月一二日には、原告両名の共有にかかり、その旨登録されていたこと、被告は、昭和四一年一〇月三一日、共有者の原告大野達雄のみを被請求人として、本件特許について登録無効の審判を請求したこと、右審判事件の審判長が昭和四二年一月九日審判請求人たる被告に対し共有者大野幸子の記載がない点について釈明されたい旨の尋問書を送付したこと、被告が昭和四二年二月二〇日、共有者大野幸子を記載もれにしたまま本件審判請求をした旨の釈明書を提出するとともに、同日右記載もれを理由として、本件審判請求書中被請求人として(原告)大野幸子一名を加える旨の審判補正書を特許庁あてに提出したこと、特許庁がその補正書にもとづいて審判請求書の被請求人の氏名を(原告)大野達雄と(原告)大野幸子と表示したうえ、右両名それぞれに審判請求書副本を昭和四三年三月一九日に送達したことは、当事者間に争いがない。

右のような手続の経過に徴すれば、本件審判請求は、当初本件特許権の共有者のひとりである(原告)大野幸子(大野幸子が右審判請求の当時本件特許権の共有者として登録されていたことは成立に争いのない乙第二号証に徴し明らかである。)の記載を脱落しているものであつて、特許法第一三二条第二項の規定に違反することは、いうまでもない。しかし、審判請求人である被告が昭和四二年二月二〇日右大野幸子一名を加える旨の審判補正書を特許庁あてに提出したことは、大野幸子に対する審判の請求の趣旨が明確に記載されていないこと、または大野幸子を被請求人とする審判の請求について手数料を納付していないこと等の不備があるとしても、少なくとも同日同人を被請求人とする本件特許権についての無効審判を追加的に請求したと解するのを相当とする。そして、特許庁が叙上審判補正書の提出にもとづいて大野幸子の氏名を審判請求書副本に記載してこれを訂正し、被請求人ら(原告ら)にその副本を送達していることは前記のとおりで、これは、特許庁において原告大野幸子を被請求人とする(追加)無効審判請求を原告大野達雄に対する無効審判請求に併合して審理することとしてこれを通知したものと解することができる。そして、このように必要的共同審判の規定に違反して共有者の一人を被請求人としてされた特許無効の審判請求につき、これを不適法として却下する審判がまだされない間に、必要な他の共有者を被請求人とする特許無効の審判が追加的に請求され、この両者の請求についての審理が併合されたときは、これにより必要的共同審判の要請に関するかしは治癒されたものと解するのが審判経済に照し相当である。

原告は、原告大野幸子に対する前記補正は特許法第一三一条第二項に定める「要旨の変更」にあたり許されない旨主張するが、右補正はその実体において原告大野幸子を被請求人とする特許無効審判の追加的な請求と解するのを相当とすることが前記のとおりである以上、前記法条は本件の場合に適用される余地がないものというほかなく、原告の主張は採用しがたい(ただ、本件においては、先に指摘したような不備の存する点はあるが、大野幸子を被請求人とする無効審判の追加的請求の請求の趣旨は、成立に争いのない甲第四号証の二および乙第三号証によつておのずから明らかである。また、追加的無効審判請求につき所定の手数料を納付していないという瑕疵についても、特許庁においてかかる瑕疵を看過し、手数料相当の印紙の追貼を命じないまま審理し審決を了した場合には、特定の行政処分を請求するために要求されている手数料の納付がないにもかかわらず行政機関が請求された行政処分をしたというにすぎず、ことに、本件は、当初から共有者全員を被請求人として無効審判の請求をしていたとすれば追加的無効審判請求の分につき特に手数料の納付を要求されることのない場合でもあるから、叙上のように手数料不納のまま行政処分たる審決をしたからといつて、かかる瑕疵のゆえに当該審決が違法として取り消されるべき瑕瑾をおびたものとすることができないものと解するのが相当である。)。

(二)  原告らの四の(二)の主張について

本件特許発明の「特許請求の範囲」の記載が「管内を密閉槽内と連通させて槽壁に装着した密閉套管を軸として自由に回転することができ、且径方向に磁極をそなえた磁石を内蔵するプーレーを回転させるとき、該磁石の磁力により該プーレーに随伴して回転する永久磁石を前記套管内にそなえ、該永久磁石の回転力を槽内の攪拌翼に伝達するようにしてなることを特徴とする密閉攪拌装置」であることは、当事者間に争いがない。

原告らは、右「特許請求の範囲」中の「径方向に磁極をそなえた磁石」なる文言および本件特許発明の明細書の記載によつて、駆動磁石および被駆動磁石が積層されることが本件特許発明の構成要件の一つであると主張する。しかし、成立に争いのない甲第二号証(本件特許発明の特許公報)の記載によると、本件特許発明は回転するプーレーに内蔵された磁石の磁力によつて密閉套管内の永久磁石を随伴回転させその回転力を攪拌翼に伝達することを意図したものであり、したがつて、原告の主張する「径方向に磁極をそなえた磁石」とは、叙上の意図を達成するために設けられた、「プーレーおよび密閉套管の回転の軸の方向ではなくて、この軸に対し径の方向に磁極をそなえた磁石」を意味するに過ぎないものと認めるのが相当である。しかも、右甲第二号証によると、本件特許発明の明細書の「発明の詳細なる説明」の項には、「プーレー内蔵の磁石および密閉套管内の磁石の極数および個数は、随伴回転することができる限り任意である。」と記載されていて、叙上の磁石がそれぞれ一個であることを排除するものではないことが認められる。また右甲第二号証によると、本件特許発明の明細書添付の図面には、本件特許発明の一実施例として、プーレーおよび密閉套管に内蔵される永久磁石がその回転の方向に対し縦長であるものが図示されていることが明らかであるが、先に判示した本件特許発明の特許請求の範囲の記載および甲第二号証の全記載を参酌考察すると、本件特許発明は必ずしもこのような磁石が縦長であることを要件とするものではないことが認められる。以上の諸事実を総合すると、本件特許発明の出願当時における磁石に関する技術水準について判断するまでもなく、本件特許発明は、プーレーおよび密閉套管内に内蔵される磁石を多数の磁石の積層構成とすることを構成要件の一とするものとは解されず、この認定をくつがえす証拠はない。

したがつて、この点についての原告の主張は理由がない。

(三)  原告らの四の(三)の主張について

先に判示した本件特許発明の特許請求の範囲によると、本件特許発明は、密閉套管外の磁石が密閉套管を軸として回転するプーレーに内蔵される構成となつていることを構成要件の一とするものであることが明らかである(ただし、叙上本件特許発明の特許請求の範囲ならびに前記甲第二号証の記載、とくにその「発明の詳細なる説明」の項中の「プーレーはベルト掛けによるほかモーター直結とすることも妨げない。」との記載および添付の図面を総合審案すると、右にいう「プーレー」とは、モーターからベルトによつて回転運動の伝達を受ける滑車状のものに現定されることはなく、円筒状をなした回転体を意味するものと解するのが相当である。)。そして、右甲第二号証によると、かかる構成は、叙上のプーレーを回転し、これに内蔵された磁石の磁力により密閉套管内の永久磁石を取り付けた攪拌翼の軸をよく回転させるという作用効果をあげるためのものであることを認めることができる。

ところで、他方、成立に争いのない甲第三号証によると、引用例、とくにその添付の第四、五図は、被駆動磁石を収容したハウジングの周囲に、その形態は必ずしも明確ではないが、駆動磁石がそのハウジングを取りかこむように配置されかつ、この駆動磁石は被駆動磁石の軸心と同一線上にある駆動軸に結合されている構成、および、この構成により、ハウジングの周囲に配置された駆動磁石を駆動軸の回転により回転させると、その磁力によりハウジング内の被駆動磁石が回転し、その中心に結合されている攪拌器の軸または棒を回転させるという作用効果を奏することが開示されていることを認めることができる。しかも、本件特許発明のものが、右攪拌翼の軸(引用例における攪拌器の軸または棒がこれに相当することは自明である。)の回転において、引用例に比し格段の作用効果を奏することを確認すべき資料はない(甲第二号証および甲第三号証を対照考察しても、攪拌翼の軸の回転作用において、本件特許発明のものが引用例に比し格段にすぐれていることを認めることができない。)。

以上の認定事実によると、本件特許発明のこの点に関する構成は、その細部においては引用例と同一ではないが、その技術思想を同じくするものと認めるべく、引用例から当業者が容易に推考しうるものというのを相当とし、この点に関する本件審決の認定を誤りのある違法なものとすることはできない。

(四)  原告らの四の(四)の主張について

攪拌装置に、一方において化学実験用攪拌装置もあり他方に化学工業用の大規模な攪拌装置もあることは吾人の常識上容易に推測されるところであるし、また、前記甲第三号証によると、引用例に攪拌対象物の容器ないしその材質に関し原告ら主張のような記載のあることを認めることができる。

しかしながら、前記本件特許発明の特許請求の範囲および甲第一号証によると、本件特許発明は「化学工業用」の攪拌装置であることを構成要件とするものではないことが明らかである。換言すれば、化学実験用攪拌装置であつても、本件特許発明をみたす限り本件特許発明の構成要件に包合されるものと解すべきである。

原告のこの点に関する主張は、本件特許発明が化学工業用攪拌装置であることを構成要件の一とすることを前提として引用例との相違を主張するものと解されるから、本件特許発明が「化学工業用」攪拌装置であることを要件としていないことが前記のとおりである以上、原告のこの点についての主張は多くをいうまでもなく失当であり、本件審決の認定に誤りはない。

三  以上のとおり、本件審決には原告ら主張のような違法があるとはいえないから、本件審決の取消を求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 服部高顕 石沢健 奈良次郎)

(別紙省略)

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